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振り向くと、バインダーを持った祐が歩いてきていた。
祐「崎田がトラック走ってんだけど、アイツ、ハードルだったよな?」
祐は崎田の400転向をまだ坂田から知らされていないのだろうか。
まぁ、昨日の今日の話だし伝わっていなくても不思議ではない。
力「あぁ、実は今日から崎田、400するんだってさ。だから、俺が基礎を叩き込んでんだよ。崎田から直々に頼まれてさ。坂田にも了承済み。」
今日、練習の前に俺は顧問の坂田にその旨を伝え、坂田もまたそれを快諾してくれた。
祐「へぇ。さすが全国覇者だね。頼られてるなぁ。」
けど、全国覇者とはいえ、それは中学の時の話。
力「まぁ、今年インターハイを制するのはおまえだろうけど?」
もし、俺が高校でも陸上を続けていれば、祐と同じ400をしていただろう。
そして、こいつと争ってインターハイを制するのは俺だったはず。
祐「そうだな。インターハイは俺と愛梨とで400は制するよ。」
そう言って、祐は跳躍の練習をしている水月の方へ視線をやった。
祐もまた、水月が全国で十分やれる逸材だと思っているらしい。
水月のその走りの才能に祐もまた気づいていたようだ。
力「おまえも気づいていたか。水月の才能を…」
祐「当然だよ。愛梨の走りについては力よりももっと前に気づいていたよ。あの頃からね。」
俺を煽るようなそのセリフに俺は少しイラっとした。
(…俺よりももっと前に…かよ…つーか、今日も相変わらず、ポーカーフェイスでしれっとケンカ売ってくんなぁ…)
だが、ここでまた冷静さを失っては…と俺は堪えた。
力「まぁな。『あの頃』は水月はおまえにベタ惚れだったからなぁ。」
あの頃――……
小学生の頃、水月と俺が初めて会った頃、水月は俺のことなんか気にも留めてもいなかった。
祐のことしか考えていないし見えていなかった彼女。
俺がどれだけ彼女を見つめていようといつも彼女は祐の背中を追っていた。
けど今は違う。
力「でもまぁ、今は水月は俺にベタ惚れだけどな。」
それはかなりの自信。
水月の気持ちは完全に俺に向いている。
あの頃には絶対に考えられなかった。
祐に向いていたはずのもの全てが今は俺に向けられている。
俺が彼女を想うくらい彼女もまた俺を想ってくれている。
俺があいつじゃないとダメなように、水月も俺じゃないとダメでお互いが大事な存在。
俺は、祐にそのことをちゃんと理解ってもらいたいと思っている。
水月からはもう手を引いてもらいたい。
そして、昨日みたいに、水月が苦しむようなことをもう祐にさせるわけにはいかない。
(…あんな水月の姿…見たくねぇ…)
だから――…
力「…祐……昨日のこと、俺、水月から全部聞いた…」
祐「…そうなんだ…」
力「あのさ、俺達の仲って、あんなコトくらいじゃ壊れねーから…」
昨日、祐が水月にしたことは、絶対に許せないコトだし許すつもりもない。
けど、それを蒸し返したところで、もう終わったことで何も解決しない。
俺は今、水月と前を向いて歩いていくことだけを考えたい。
だからこそ、祐には俺達のことを何としてでも認めさせたい。
それはかなり難しいことだと分かっているが。
祐「そっか……やっぱ生ぬるかったか…」
(は?…生ぬるい…って…)
力「なんだよ…それ…」
俺はその祐の挑発的な言葉に引っかかるものを感じた。
(まさか祐のヤツ……また水月に何かしようと企んでいるんじゃ?)
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