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力「どういう意味だよ、それ?」
祐「その言葉のとおりだよ。俺と400の勝負しないかってこと。」
力「おまえと400を?」
祐「そ。もちろん公的な場所でね。」
力「公的な場所って…まさか……インターハイ…?」
その度肝を抜くような提案に俺は唖然としていた。
祐は理解っているのだろうか。
俺は今、名門池川学院で野球部に所属している。
しかもそこのエースの上に、次期キャプテン候補。
その俺がインターハイになんか出られるはずがない。
祐「まぁ、力には無理だよね?愛梨の為に野球蔑ろにしてまで俺と競う気なんてサラサラないだろうし?口だけかなぁ…クスッ…」
力「なんだと!?」
俺が陸上に戻ることなんて絶対にできないと分かっているのだろう。
更に祐は調子に乗って俺を挑発してくる。
祐「まぁ、野球を言い訳にして、俺と戦わない方が身の為かもね…クスッ…」
その余裕綽々な祐の表情は俺の感情を大きく揺さぶった。
(言い訳…?そんなもんしねーよ!)
力「おまえ……ホントに俺と戦う気あんのかよ?」
祐「もちろんあるよ。俺、愛梨の前でおまえに勝って、堂々と愛梨を奪い返したいしね。あの時のおまえみたいに…」
あの中学最後の県大会の100m決勝でのこと。
決勝が終わった後、俺は傍にいた彼女を引き寄せ、祐に堂々と宣言した。
これからは水月は俺が守っていくと。
そして、俺は今、彼女の『彼氏』として傍にいる。
祐はあの時の俺のように、今度は俺から水月を奪い取ろうというのか。
力「だったら、おまえがどれだけその気があんのか見せてみろよ?」
祐にその気がないのに俺は大きなリスクを背負うわけにはいかない。
けど、祐がそれなりの覚悟をもって俺に挑んでくるってのなら、俺も戦う準備をしてもいい。
それに、公的な場所で戦うことで、祐に水月を諦めさせられるかもしれない。
これは考えようによったら良い機会かもしれない。
祐「…そうだなー。じゃぁ、力が勝ったら、祖父さんに愛梨とのことを何とかしてもらってもいいよ。いわゆる『婚約解消』ってやつ?」
俺の気持ちを奮い立たせるには最高の条件が降ってきた。
水月を取り戻したくて仕方がないだろう祐がその一戦に賭けた思いが俺の心を一気に動かした。
力「…それ、本気で言ってんだよな?」
祐「本気だよ。けど、力が負けたら潔く愛梨とは別れて欲しい。まぁ、でも力は甲子園控えてるから、それは無理か。そこまで愛梨の為になんてできないよね?」
無理かどうかはやってみないと分からない。
勝負するには値する一戦。
選手権は目前。
俺は今年の夏、どうしても選手権で優勝しなければならない。
周りの期待が日々高まるのも感じている。
無理言って池川に行かせてくれた親、背中を押して池川に送り出してくれた中学の先生、友達、そして池川の監督や部の仲間達――
絶対に皆を裏切るわけにはいかない。
そしてなにより、俺を応援してくれている水月の為にも、ここで中途半端に野球を投げ出すことはできない。
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