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教官室に坂田先生はいなかった。
仕方がないので、私は先生の机の上にそのバインダーを置いて帰ることにした。
その時、教官室のドアが開いた。
愛「あ…」
教官室に入ってきたのは祐だった。
祐もまたバインダーを持ってきたようだ。
祐は私に微笑むとこちらに向かって歩いてくる。
祐「愛梨もバインダー持ってきたんだ?」
愛「あ…うん…」
昨日のコトを思い出すと私は祐の顔をまともに見られない。
だけど、祐は気にもかけていない様子。
……パラパラパラッ……
祐は机に置いてあった私のバインダーをとり、用紙を捲っていく。
祐「今日も頑張ってたな。ん……あぁ…だいぶタイムも上がってきてるみたいだね。いい感じだ。」
まだ400をはじめて間もないけれど、基礎を力に教えてもらったからか、この数日で着実に私はタイムを上げてきていた。
愛「そうかな…」
祐「うん。やっぱ素質あるよ、愛梨は。まだやり始めて数日。こんなにフツーはタイム上がんないから。いくらいいコーチがついていたとしても、やっぱり元々の素質がないとここまではね。」
練習の時、祐はいつも私をいっぱい誉めてくれる。
それは私を凄くやる気にしてくれるけど……でも……
愛「ありがと。頑張る。私、力と同じ風を感じたいから…」
私の想いは力にある。
その想いを祐に理解してもらいたくてそのセリフを言い放った。
祐「そうなんだ……」
愛「うん……じゃ、私行くね?」
その時だった。
祐「愛梨…ちょっと待って…」
……フワッ……
空に祐が何かを放った。
いきなり目の前に飛んできたそれを、私はすかさずキャッチ。
愛「え?…これ……」
手の中には赤い銀紙に包まれたお菓子のようなものがあった。
祐「それ、チョコレートだよ。疲れたトキに甘いものっていいだろ?確か、愛梨、チョコ好きだったよね?」
そういうと、祐もポケットから同じものを出し、その銀紙を広げてチョコをぽいっと彼の口の中に放り込んだ。
祐「…甘いな……ん、でも癒える……」
その穏やかな表情はかつて私が見ていた子供の頃の祐。
懐かしさを思い出させるその表情にさっきまで張り付いていた緊張の糸が自然と解けていった。
祐「愛梨も食べたら?持ってても溶けちゃうだけだろ?」
愛「うん…」
私は小さい頃からチョコレートが大好きだった。
そういえば、バレンタインデーの時は持っていったチョコレートを祐に半分こしてもらってた記憶がある。
今考えると、プレゼントしたものを一緒に食べちゃうなんてどうなんだろう。
私は祐に言われたとおり、チョコレートをその銀紙から出して口の中へと放り込んだ。
愛「…甘いっ……」
口の中で溶けていくチョコレートが疲れた私のカラダを癒していく――
愛「…美味しい……ん…?」
突如襲ってくる違和感――
(…なんか入ってる?え…あれ?…に…苦い?辛い?)
祐「…えっ? 愛梨? どうした?」
愛「えっ…あ…これ、何の味?」
液体みたいなものが口の中に広がっていって、それが喉に通る度にカラダが熱くなっていく━━
祐「…え?愛梨…ラム酒とかダメだった?」
(え?ラム酒って……これ、お酒入りなの?)
私は慌ててそのお酒入りのチョコレートを飲み込もうとする。
けれど、慣れないそれはカラダが受け付けてくれなくてうまく飲み込めない。
祐「…嘘だろ?まったく……こんな微量のラム酒くらいで……あ……お茶でも買ってこようか?」
そういって祐は教官室を出ようとした。
……フラッ……
(あれ……?目の前がなんだか…揺れてる……みたい……?)
祐「愛梨っ!!!」
その祐の声を最後に私の意識は遠くなっていった。
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