陰り

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愛は私が近くにきているというのに身動きひとつせずにいた。 由「…愛……」 私はそっと彼女の名前を呼んだ。 その声にようやく愛がこっちを振り返った。 愛「…由利…ちゃ…?…どして…ここに?」 翔が言っていたように愛の服は汚れ乱れていた。 そして、その目はなぜか朦朧としていた。 (…愛…っ…) 愛のその姿を見れば一目瞭然だった。 間違いなく祐に何かをされたのは事実だろう。 私は彼女に近づき、彼女をゆっくりと抱きしめた。 その瞬間、フワリの甘い香りが漂うのを感じた。 (…え……チョコ…?) 由「…愛……チョコ食べたの?」 突然、感じられた愛の震え――― 愛「…ゆり…ちゃ……つと…む…は?」 言葉を発することすらままならないほどのことがあったのだろう。 愛が落ち着くようにと、私は更に強く抱きしめ、その背中を摩った。 由「心配すんな。力は今、真といるよ。何か野球のコトで話し込んでるみたいでさ。」 今はとにかく愛を安心させないといけない。 愛が落ち着くことならどんなことでもいい。 私は適当に話を誤魔化した。 愛「…そっか……よか…った……」 少し安堵したのだろうか。 愛は私の腕の中で胸を撫でおろしたようだ。 こんなことがあったというのに愛が考えていたのは力のこと。 (愛は私と会わないうちにどれだけ力のことを好きになったんだろう……) 祐のことを想って泣いていた時とはまた違うその想い。 ただ押し付けるんじゃなく、いつの間にか愛は相手を、力を思いやれる子になっていた。 愛のその成長が私は嬉しかった。 由「あの翔ってヤツがさ、結構いいヤツでさ。たまには女同士で帰れって私をここに連れてきたんだ。」 愛「…え…?」 由「あいつ……悪いやつじゃなさそうだな?」 愛「…そうだよ。翔先輩は優しいし、いろいろ考えてくれてるいい先輩なんだよ?」 そういうと愛は少し笑った。 由「…そっか。そうみたいだな。ん、まぁ、あいつもそう言ってくれてるしさ、ずっとここにいてもなんだし、そろそろ帰ろっか?」 私が今すべきこと。 それは力に見つからないように愛をここから連れ出すこと。 抱きしめていた愛を私は立たそうと促した。 だけど、愛はそこを動こうとしない。 由「…愛?」 愛「由利ちゃん……私、力の家に……旅館に帰るの……なんか……その…」
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