諦めきれない想い

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連中を追い払った俺はさっき通ってきた道を戻っていた。 1棟を越える途中、なにやら気配を感じる。 辺りを見回しても人影はない。 だが、どこからか記憶のある香水の香りがしていた――… 隠れたつもりだろうが全くもって無意味。 それが誰だか俺にはすぐに分かった。 その人はおそらくさっきの俺たちのやりとりを聞いていたのだろう。 仕方なく俺はその人が出てくるのを待つことにした。 暫くすると案の定、その人は俺の前に姿を現した。 そこには翔先輩と崎田がいた。 翔先輩は体育倉庫で俺が愛梨にした事にかなり激怒していた。 当然だろう。 翔先輩も愛梨のことを想っているのだから。 入学当初、翔先輩は愛梨にかなりキツくあたっていた。 しかし、ある時から先輩の愛梨を見る目は確実に変わっていった。 愛梨のあの純粋な優しさに触れてしまったのだろう。 先輩は愛梨を本気で好きになってしまったようだった。 そんな翔先輩は愛梨にはこれ以上手を出さないと俺と崎田に宣言した。 好きだからこそ、好きな男を想う大切な人を傷つけたくないと――― 俺だって彼女を傷つけたくなんかない。 けど、俺と翔先輩とでは事情が違う。 俺はもう10年以上も彼女を想ってきたのだから。 その気持ちをたった数年でナシになんかできるはずがない。 翔先輩に俺は言われた。 『ホントは大泉グループの跡取りなんかになりたくねーんじゃねーの?』 先輩の言うとおり、正直俺はそんなものに全く興味はない。 興味を持ったのは祖父さん同士で決めた約束事。 大泉の後継者の許婚が愛梨だったということだけ。 そうでなけば、俺だって父さん同様、あんな大きなグループのトップになるなんて願い下げだ。 俺は、ただ走り続けていたかった――… 俺は走る時、いつも愛梨を想っていた。 あの懐かしい彼女との日々を感じながら、彼女を想い、ただひたすらゴールへと突き進んでいく――― その走りをやめるということは俺の中から愛梨を消すということに等しい。 大泉グループの後継者になれば俺は生き地獄も同然。 けれど、大泉グループの後継者になれば、愛梨と一緒になれると祖父さんから聞かされた。 祖父さん同士で決めた約束事――― 俺の祖父さんにとって、親友だった愛梨の祖父さんは『特別な存在』だったと言う。 そんな親友の孫娘の愛梨。 会いたい気持ちは分からないでもない。 でも、今は会わせたくない。 できれば、俺は俺のやり方で愛梨を祖父さんに会わせたいと思っている。 彼女が俺をもう一度見つめてくれるまで――― 俺は限界のその日まで自分の力で彼女を振り向かせたいと思っていた。
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