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次の朝はまだ暗いうちから叩き起こした。
「今日は机での勉強は無しだ」
普通の子どもならそれだけで喜ぶ。
「何を教えてくれるの?」
「ジャック、普通は休みになるかと喜ぶもんだぞ」
「遊ぶためにいるんじゃないよ」
「間違えるんじゃない。遊びをせんやつに子どものお守りなんぞまともに出来やせん。まして、一番大事な『機転』というやつが育たん」
朝食はウェスリーにだけとらせた。腹いっぱいのハンターはたいてい足を引っ張る。
荷物の用意は前の晩に済ませてあった。どうせジャックはウェスリーの手を引く。そう思って、俺は荷物を全部持った。
「エド、俺の荷物は?」
「お前の荷物はウェスリーだ」
途端に真っ赤になって叫び始めた。
「ウェスは荷物なんかじゃない!!」
そうか、これは言い方が悪かった。この子にはこんな言い方をしちゃいかん。
「すまん、悪いことを言ったな。ウェスリーの面倒を見るから荷物は無理だと思ったんだよ」
ジャックは黙って俺の腰にぶら下がっている水を掴んで見上げた。黙ってそれをジャックに預ける。他には? そんな疑問の顔に答えた。
「今のところ充分だ。もしお前に余力があって俺がへばったらウンザリするほど持ってもらう。構わないか?」
ジャックはにこりと笑った。
「いいよ、俺を当てにしててよ」
こうして俺たちは山に向かって出かけた。
「もっと速く歩ける」
ジャックの言葉にウェスリーに目をやった。
「自分中心に考えるな。一番歩きが遅い相手に合わせるんだ。速さで言うなら俺はもっと速く歩けるぞ。ただ、ここが難しいところだ。合わせると言っても完全にじゃない。ゆっくり歩くってのはな、意外と疲れるもんなんだよ。だからほんの少し相手の足を速めさせる。いいな、少しだ。そして足元を見させるんだ。自分もな。地を這ってる根っこ、石ころ、ちょっとした坂。気をつける所はたくさんある。お前が思ってるような、ただ歩くだけだと思ってたら大間違いだ。そして常に周りを見て、耳を澄ます」
「そんなにたくさんのこと、一度に出来ないよ!」
「それは慣れだ。ほら、耳を澄ませてみろ」
言われて周りを見回す。
「分かるか? 耳を澄ます時にはな、自然と周りを見るようになるもんだ」
風の音。木ずれ。鳥の鳴き声。決して山の中は静かじゃない。
「もう一つ教えてやる。息を吸ったり吐いたり。それをゆっくり浅くするんだ。違うもんが聞こえてくる」
言われた通りにジャックの呼吸が静かになった。
「何が聞こえるようになった? さっきまで聞こえなかったもんだ」
しばらく考える。
「ウェスの息」
「そうだ。よく気がついたな。自分以外の気配を感じるってことだ。それを歩きながらやるんだ」
「でもエド! そしたら歩くのがすごく遅くなる」
「じゃ、やってみよう。今日の勉強はこれだよ。お前に荷物を持たせなかったのは、お前じゃやかましく音を立てるからさ。俺の歩き方もよく見るんだ。いいな?」
ジャックは頷いて水筒を自分から俺に渡した。いい傾向だ。目の前の課題に真剣に向き合っている。自分の身に余る行為はしない。それも大事なことだ。
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