9人が本棚に入れています
本棚に追加
「被害者、榊原龍一。性別、男」
片手に持ったバインダーに挟んだ資料の内容を口の中だけで呟きながら、一人の女性が病院の廊下を歩いていた。
時々、看護士や入院患者とすれ違うが、白衣を着込んだ彼女を誰も気にはかけない。白衣の上で長い黒い髪が揺れた。
「十七歳、都立瀧沢高等学校二年。クラスメイトがこっくりさんをやっている現場に入り込み、」
一つの部屋の前で立ち止まり、ちらりと部屋の番号を確認するとノックもせずにドアを開けて、中へ入り込んだ。後ろ手でにドアを閉める、
「現在、意識不明」
資料に書かれていた言葉を思い出しながら、腕を組みベッドの上の少年、榊原龍一をみる。
彼は本当に、ただ眠っているようだった。短い黒髪に、長めのまつげ。少しだけ開いた口元。あどけない、幼いともいえる寝顔。
かわいそうに、と彼女は思う。こっくりさんに憑かれるなんていう経験、今日日そうそうないんじゃないの? そりゃぁ、医者もさじを投げるわよね。突然倒れて意識不明、外傷もなしじゃ。そこまで考えて彼女は軽く瞳を閉じた。
「お願いします!」
廊下で中年の女性が叫ぶ。
すがりつくようにして、医者に向かって
「お願いします、龍一を助けてください、お願いします」
医者も困った様子でそんな女性を見ていた。
先ほど見た光景を思い出し、彼女は軽く、どこか皮肉っぽく唇をゆがめた。。
ベッドの脇まで歩いていくと、龍一の髪を軽く撫でる。
「貴方は、倖せ者ね。母親に愛されて」
唇の角度を、少しだけ優しげに緩める。
「もう少し、待っていてくださいね」
そういってもう一度微笑むと、そのまま病室を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!