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草木も眠りにつくという、深夜。都立瀧沢高等学校、と書かれた門を彼女は見つめる。またここに来るなんて思わなかった、と小さくため息をついた。
「沙耶、そんなにいや?」
隣に立った青年・佐野清澄の言葉に、彼女・大道寺沙耶は皮肉っぽく唇を歪めた。
「もし、巫女姫様なんて言う変な渾名をつけられて三年間、畏怖と嫌悪の視線で見つめられて、おまけに恋人がバスケ部のエースなんて言っちゃって下手にもてたからってそのファンからの嫌がらせを受けて、もう散々な高校生活だったのに、その母校へ足を踏み入れたいなんて思う人がいたら、是非お友達になりたいわ」
吐き捨てるように告げる。風が吹き、先ほどの白衣の変わりに着ている、白いロングコートの裾を揺らした。
「う、……ごめん」
高校時代からの知り合いの彼はその状況を良く知っている。だからって彼はそれに関与していたわけではないから謝られても困る、と何回も言ったはずなのに。すぐに謝るのは彼の悪い癖だ。
「別に、いいんだけどね。もう過去の話だし」
借りてきた門のかぎをあけながら言う。
「悪いことばかりじゃなかったし……」
そういって軽く目を閉じる。
「さーや」
へらへらと、だけどどこか安心できる笑顔で笑う、かつての恋人の顔が浮かんだ。
「それに」
門をあけると、足を進めながら言った。
「あんなふうに取り乱した母親を見たら、榊原龍一君だっけ? 彼を救わないわけにはいかないでしょう。他にも被害者が出ないとは限らないし」
先刻の映像が頭から離れない。「助けてください」何度も言っていた。あんな母親がいるなんて、本当に彼は倖せものだ。そう思った。
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