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璃子はまだ信じられない気持ちだった。
いつものカフェの席でテーブルに置かれた珈琲をじっと眺めていた。
白いカップに淹れられた茶色の液体が少しずつ温度を下げていく。ミルクだけを入れたそれをかき混ぜた小さじは丁寧にソーサーの向こう側にそっと添えられていた。
「別れよう」そう慎二に告げられた時、心のなかの堤防が音を立てて壊れていくのを感じた。慎二は続けて言った。
「息苦しいんだよ、璃子は。ずっと我慢してたけどもう限界だな」涙も出なかった。だってマスカラが滲んでしまうもの。
慎二がカフェの席を立った後も璃子はずっと座って考えていた。いや考えているふりをした。そうでないと振られたことをすぐに受け入れたことになってしまうからだ。
息苦しい……。どういうことなんだろう。璃子は自分の両手に目をやった。白い肌に爪は綺麗に淡いピンクのネイルが塗られている。毎日自炊をしているが手が荒れないようにビニール袋をして洗い物をしていた。会社の同僚からはよく褒められている。
「璃子は偉いよね、いつもちゃんとしてて」
ちゃんとしてる?どういうことかしら。当たり前のことしかしてないんだけどな。一人暮らししてたら節約や栄養のバランスを考えたら自炊が一番だと思う。確かに外食の多い友達もいるけれど、それにお弁当を持ってきているのもごく少数だけど。
璃子は綺麗な栗色にカラーリングされたセミロングの髪を揺らして珈琲から外へ目を向けた。もうそろそろ日が暮れる。オレンジ色の夕焼けがカフェの看板を照らしている。
思い切って立ち上がった。珈琲はそのままで会計を済ませた。慎二は何もオーダーしてなかったから一人分だ。いつも慎二が二人分の料金を払ってくれていた。思い出すとつらくなる。考えていたことを振り払い店を出た。
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