第1章

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時刻は23時を過ぎているが、佐藤もなつみもいないのが気になった。いったいどこに行ったんだろうか。 五反田はさっきから大きないびきを立てて眠っているし、遠藤もしばらく起きそうにない。ぼくは自分のロッカーから備え付けの毛布を取り出すと、それにくるまろうとしたが、ふと足元に五反田のボストンバッグが見えた。 よく使い込んだ、大きな合成皮のボストンバッグだ。なつみはこれの中身を見ることに成功したのだろうか。ぼくは毛布を持ったまましばらく立ち尽くしていた。 確かに、この中にいったい何が入っているのか、ぼくも気になっていた。 ほんの出来心だったのだ。ちらっと中身だけ見て、すぐにまたしまえばいいと思った。ぼくは手に毛布を抱えたまま、しゃがみこんでファスナーに手をかけた。ゆっくりとそれを開けようとしたところで、突然声をかけられた。 「それ、五反田さんの荷物ですよね」 ぼくは弾かれたように振り向くと、長身の遠藤が背後にたってこちらを腕組みして見下ろしていた。 「ああ、そうだ。こんな場所に置いてあるから、不用心だと思ってさ。きちんとロッカーに戻してあげようと思ったんだ」 ぼくは遠藤に笑いかけながらボストンバッグをロッカーの奥に押し込んだ。 それは一人一つ割り当てられたロッカーで、鍵もついていなければ、扉もない簡単なものだ。もしもその気になりさえすれば誰でも荷物を触ることができる。セキュリティの意味ではあまり用をなさない。 遠藤は乏しい表情でぼくのほうを見下ろし続けている。怪しまれているのかもしれない。冷や汗が脇の下を流れたが、とりあえず彼はぼくの言い分を信じたようだった。 「それがいいです。五反田さんの話しぶりではずいぶん貴重なものみたいでしたから。それにしても、そこまで貴重なら鍵付きのロッカーに預ければいいのに」 後半はまるでひとりごとのようにつぶやいていた。 中学二年生だというから年は14歳くらいだろう。しかし、そうとは思えないくらい精悍な顔つきをした少年だった。背も180センチくらいはありそうだし、短く刈り込まれた頭に引き締まった体をしている。目つきは鋭く、低い声の調子で語られる言葉には重みがあった。 彼の鋭い視線はよく訓練された毛足の短い猟犬を思い起こさせた。 「そう言われればそのとおりだね。まったく、不用心だよ」
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