第1章

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「こういうフェリーにはよく乗るんです。ほとんどはいい人ばかりですけど、なかには変な人もいますから。人の荷物を物色したりするようなひとが」 遠藤はただぼくのほうを見ただけなのかもしれないけれど、ぼくは大いに居心地が悪くなった。くそ。たかが中学生なのに。そう自分に言い聞かせながらも、話題を変えようとした。 「いつも一人で二等船室に泊まるのかい?」 「ええ、そのほうが料金が安いですから」 「そうか、お小遣いの範囲で旅行しないといけないものね」 「いえ。旅費は自分で稼いでいます」と遠藤はきっぱりと言った。「毎朝学校に行く前に新聞配達してるんです。トレーニングにもなるし、一石二鳥です」 「トレーニングって、自転車の?」 「将来ツール・ド・フランスに出るのが夢なんです。だから、なんでもトレーニングに結びつけたいんです。うちは兄弟が多いから、ジムに通ってトレーニングするお金なんかないし。まあでも近所は坂道が多いんで、新聞配達がいいトレーニングになります」 「偉いんだね」 「偉いですか?よくわかりません。とにかく無駄なことをしたくないだけです。毎日を目的もなく暮らすなんて、ぼくにはとても堪えられません。昨日よりも今日、今日よりも明日、少しでも向上していたいから。ぼくが休んでいる間に、ほかのひとたちはぼくの何倍も練習してるんです」 「言っていることはわかるけれど、そんなふうに根を詰めていたら疲れてしまわないかい?」 遠藤はすこし考えこんでいるようだった。しかし、しばらくして答えを出した。 「いえ。とくに疲れはしません。それよりものうのうと無目的に何もしないで生きているほうが恐ろしいです」 「君と話していると身につまされるよ」とぼくは笑った。「自分がとても悪いことをしている気分になる」 ぼくとしては、遠藤を追い詰めるつもりはなかったのだけれど、その言葉に遠藤は驚くほどうろたえたようだった。 「そんなつもりはありません。誰かを責めるつもりはないんです。ただ、ぼくは自分がどうやって生きているか正直に話しているだけなんです。それがそんなに悪いことですか?」 「いや、もちろん悪くないよ。それにきみを責めてるつもりはない」 「じゃあ、どうしてみんなぼくが話すと黙るんですか?ぼくは何も悪いことしてないのに。ぼくは自分が正しいことをしたいだけなんです」
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