第1章

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さっきの酒盛りでの席のことを言っているのだろう。確かに、遠藤が話すとみんな黙った。始めこそ1番年下の彼のことにみんな興味を持っていた。どうしてこんなに若い男の子が独りでフェリーに乗ってるんだ?同年代の友達か、親や保護者は同乗していないのか?どんなストーリーがあってこの船に乗り、北海道ではどんなストーリーが待っているのかと。でも、話を聞くと、誰も彼についていくことができなかった。ストイックすぎるのだ。あまりにも独自路線の人生を生きすぎていて、誰も彼にかけてやる言葉を持たなかった。アドバイスすることもできないし、積極的に感情移入することもできない。 どうしてそろそろ雪の心配をしなくてはならない季節の北海道でテントと寝袋ひとつで単独北海道縦断を決めたマッチョな中学生にアドバイスなんかできるものか。ぼくが彼くらいの年齢の時にはまだ近所でカブトムシを取って喜んでいたというのに。 そして、何よりも、もしかしたら本人すら気がついていないかもしれないが、『ぼくのことはどうぞお構いなく』というオーラがひしひしと感じられた。つまり、他人の理解を得ようという努力が感じられないのだ。理解してもらおうという姿勢のない人間は誰からも理解されない。残酷だけど。 「もちろん、それはわかるよ。誰だってそうさ。みんな自分が正しいと思うことをしてる」 「みんな自分が正しいと思うことをしてる?ほんとうにそうでしょうか。大人は欺瞞だらけです。独りで旅行をしていると、大人のくせにほんとうに自分勝手なひとにたくさん会います。たとえば昔フェリーに乗ったときも、ペットを持ちこむ不届きな人がいました。まったく腹が立ちますよ。ぼくだって自転車を持ち込むために別料金を払ったのに、他の大人がそれを守らないなんて。しかも、その人不正がバレないためにどうしたと思います?」 「想像もつかない」とぼくは首を振った。 「消灯後にケージごと甲板にペットを隠したんです。夜になると甲板に出る扉が閉鎖されますから、誰にも見つからないって思ったんでしょうね。甲板は吹きさらしですし、シベリア気団の影響でマイナス何十度にもなるんです」 「それで、そのペットはどうなったんだい?」
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