第1章

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男なら一度は自分がタフでワイルドな人物であると錯覚する時期がある。ママチャリしか持っていないくせに革ジャンを羽織ってみたり、ゴルフクラブを握ったことも無いのにサンバイザーをかけてみたり、コミュ障のくせに苫小牧行き2等船室のフェリーに一人で乗ったりする。 これは一種の流行病のようなもので、一時的に誰もがかかるものだし、一度治まったとしてもまたいつの間にか再発したりする。 世の中では中二病、なんて言葉もあるが、これは年齢に関係がない。ぼくは27歳だが、再び人生の中二病にかかっていた。まったく、そうだとしか思えない。 はじめに断っておきたいが、革ジャンやサンバイザーに罪がないように、新日本海フェリー株式会社にも全く罪はない。 ご存じない方のために説明しておきたい。長距離を巡航するフェリーはその長い航行時間ゆえ、乗客用の部屋がある場合が多い。何しろ20時間近い時間船の中で過ごさなくてはならないからだ。部屋もそのグレードによって設備がまるで違う。例えばスイートルームにはリビングルームと寝室があり、ホテルと同様トイレもバスルームもある。値段もそのぶん張るが、夫婦やカップルで泊まればきっと一生もののいい思い出になることだろう。そして、一等船室はそれよりは一段落ちるが、普通のビジネスホテル並の設備を備えた個室もある。二等船室というのは三十人近い乗客が畳をひいた体育館みたいな場所で雑魚寝して過ごすエリアをさす。ロッカーは壁に備え付けられた簡素なもので、もちろん、バス、トイレは共用になる。そのぶん値段は一番安い。 知らない人と20時間、まる一日近く顔を付き合わせる。 これがストレスにならない人なら全く問題にはならないだろう。一方、ぼくはそうじゃない。知らない人と話すと三十分ほどで全身の筋肉が悲鳴を上げて、次の日に不思議な場所が筋肉痛になっているほどの重度の人見知りにはつらい環境だ。 でもそのフェリーを選んだときのぼくは重度の中二病にかかっていた。
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