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気持ちがよかったのは初めの2分くらいで、いまではガタガタ震えていた。
おろしたてのファー付きのダウンジャケットを着てこなかったことを激しく後悔していた。歯が音を立てて仕方がない。ぼくは両手で自分の肩を抱きしめながら震えていた。
「そうですね、お金で買えないものだってありますもんね」
佐藤はあたたかそうなメルトンのダッフルコートを着て、おまけにたっぷりした生地のマフラーをあごが隠れるくらいに巻いていた。ぼくはそれが羨ましくて仕方がなかった。
「そのとおりだよ、例えば海。どうだい、みてごらん実に雄大だ」
ぼくはあたりを見回してみた。
すでに日は落ちており、灯台からも遠く離れている。おまけに空が曇っているせいで星も月も出ていない。潮風とさざなみの音、それから時折大きな波を受けて船内が微かに揺れるほかは佐藤の言う雄大な自然を感じる要素は何もなかった。
「そうですね、太陽さえあればきっと綺麗なんでしょうね」
歯をガチガチ言わせながら皮肉を言ってみたけれど、佐藤はそれを気にしてはいなかった。
「日頃おれはお金で買えないものが1番大事だと思ってるんだ。つまり、人と人との結びつき、出会いと別れ。この広い世界の中でたった一夜を一緒に過ごす仲間たち。そう、一言で言えば愛だよ、三田村くん。ぼくのこの胸は、愛で燃えているよ。どんな風にだって負けないくらいさ」
じゃあ、そのマフラーをぼくにいまここで渡してくれないだろうか、とぼくは口に出して言おうかと思った。でも、寒いからって誰かからマフラーを借りるなんてタフでワイルドな男のすることじゃない。
でも、せめてどこかこの甲板で暖かい場所がないだろうかと歩きながら考えていた。
「さぞそういう出会いを繰り返して来たんでしょうね」ぼくはやけくそだった。「さっきいろいろな国を旅してきたって、船室では話していましたよね?」
「ああ、いろいろ行った。アメリカ大陸は北米、中米、南米、ヨーロッパ、アフリカ、アジアにポリネシア諸島も行った。あと行ったことがないのは南極と北極くらいかな?」そう言って佐藤は豪快に笑ってみせた。
それから、「ところで」と今度は少しためらうように佐藤はつづけた。
「君は恋人はいるのかな?さっき、一人旅って言ってたけど。もしかして向こうに恋人がいるとか?」
「恋人はいますよ。今日は都合が悪くて来れませんでしたが」
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