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それよりもとにかく一秒でも早くあの温かい船室に戻って毛布にくるまって眠りたかった。このままでは冗談抜きで凍死してしまう。事態はそのくらい切迫していた。だからぼくは安請け合いをしてしまった。タフで、ワイルドに。
そう、佐藤のお願いを聞くと約束してしまったのだ。
とはいえ、どうやって切り出したものか、よくわからない。
船室に戻ると、まだ酒盛りは続いていた。
1番年上の五反田が何か喋り、それになつみがあいづちを打ち、中学生の遠藤はそれを黙って聞いているか、または座ったまま居眠りをしている。
ぼくは適当にあいづちを打ったり、短く感想を述べたりして過ごしていた。甲板に来てほしいんだ、とどうやってなつみに切り出そうか迷っていた。やはり彼女は五反田の話にあいづちを打ちながらときおりくしゃみをしていた。きっと体調があまりよくないのだ。
それに話を切り出すタイミングも重要だ。もちろん、みんなの目があるときはまずいだろう。よくよくその時期を見計らわなくてはならない。しかし、チャンスはすぐに訪れた。五反田がトイレに立ったのだ。
彼が見えなくなるまで見守り、さあ、どうやって切り出そうか、と考えていると、なんと彼女から話しかけられた。
「ねえ、三田村さん。あなたも気がついていたんでしょ?」なつみはぼくに顔を近づけて共犯者めいた口調で言った。
なつみの周りにはビニール袋いっぱいに丸めたティッシュがつまっているし、彼女の鼻はかみすぎで赤く腫れ上がっていたが、それでも目はギラギラと生気に満ちていた。
「えっ、なにが?」まさか佐藤のことをもう気がついたのだろうか?そう思ったけれど、口には出さずにいた。
彼女はあたりをきょろきょろと伺った。船室では30名近くの乗客が思い思いの行動をしていた。独りで文庫本を読んでいるもの、コンビニで買った弁当を食べているもの。ぽつりぽつりと客同士で話しているもの。ぼくたちのように円になって酒盛りをしているグループもあった。
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