改訂版

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「あ…」  呟きが漏れた。踏みつけた拍子にやっと思い出した男の顔に無邪気な笑みが浮かび、血に染まった手が僅かにたれた前髪を掻き上げると艶やかな髪に赤い筋がつく。男は笑顔で手を打って女から飛び降りる。ぐちっと音が鳴るが、強い風が木々をざわめかせる音が唸りとなってそれを掻き消す。  男はくすくす笑う。連絡を受けた主の姿を思い浮かべて。あの悪魔のように凍てつく黒い瞳の人間はこの知らせをもさほど喜ばないだろう。せっかくひとつ願いがかなったというのに。  主が本国を遠く離れたこの古城の人間を殺したかった 理由を男は知らない。  しかしわざわざ男を喚び出すほどの執念にして、全く温度のない声でひどくこざっぱりと要望だけを訴える様のある種の異様さは鈍感な男にも気づけるほどだった。それまでの召喚で歴代の主に感じてきた“感情”というものが今の主は欠落している。  まるで心だけが先に死んでいるように。時おり見せる冷徹な微笑だけがその人間の表現する“感情”だった。  しかしそれさえ男にはどうでもいい。結局は人の世界に《留まり》人を《喰らう》ことができればなんだっていいのだ。  男は落ちていた男の顔を気まぐれに覗きこみ鼻を鳴らす。あまりに物足りない。主のものとは似て非なる感情のない目をした人間の男の死体を踏みにじる。 「つまんないなあ…こんだけしかいないなんて」     
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