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急速に発展していく街は懺悔すべきことなど田舎町だったころより増えたろうに、何かを悔やむ暇など人々にはないように見えた。
毎日が新しく、またそれに置いていかれないように脇目もふらず働く。
そしてその隙間の時間には会いたい人との時を過ごす。
それがここにある"生きる"ということの定義だ。
町とその住人は自らを街と都会の人間に姿を変えるのにやっきになっている。
置いてきぼりの神父のことなんて冠婚葬祭のときと相変わらずミサに出席する老人くらいしか用がないらしい。
この町の信仰心はどうなってしまったんだろうか。
これも俺のせいなのだろうか。
「…まあ、仕方ねえか」
ひとりごちて枯れ葉を掃きつづけていると背中に気配を感じた。
まただ…と心の中で呟く。
近頃よく視線を感じるのだ。
とくに屋外にいるときは必ずと言っていいほど誰かのしつこい視線を感じる。
幸い俺は『司祭様が見守っていてくださっているんだ』なんて考えるような能天気野郎ではない。
だから誰かが俺を観察しているのだということにはすぐ気がついた。
薄気味悪いが向うはただこちらを見ているだけで何をしてくるのでもない。
しかも視線を感じるのは働いているときだけだから問題ないといえば問題ないのでこちらも様子を窺っているが、いたずらにしてはあまりに期間が長い。
今日こそは一言もの申してやろう。
変質者め。
何気ないふりをして袖口から折りたたみナイフを手元へ落す。それを秒も待たずに気配の方向へ投げつけた。
ダッという音がしてナイフが木に刺さる。
教会を囲むように生える立ち木の葉ががさがさと慌てた音をたてた。
「そこか…」
呟き近づいていく。
俺をつけていた奴が木から降りた様子はない。
どうせ刃物を投げつけられて縮み上がっていることだろう。
はずすつもりで投げたからよほどの鈍臭い奴でなければ怪我する心配はいらなかったが。
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