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「俺は君につけ回されてじろじろ見られてここしばらく気味が悪い思いをした。どんな気持ちで君がそうしたにせよ出てきて一言謝ったらどうだ。もし他に話したいことがあるなら聞く。……君の名前は」
問いかけに男は答えない。
俺は黙って待つことにした。
ややあって俺はあることに気づいた。
「…雪…?」
まだ秋口のはずなのに、ちらちらと小さな雪が降っていた。
見上げればここら一帯にだけどんよりとした雲がかかっている。
細かな軽い氷の結晶が黒いキャソックの肩に乗った。
この若者は冬がきてもこうして馬鹿みたいに隠れて俺を見ている気だったんだろうか。
そう考えると苛立ちは呆れに変わる。
「…冷えるからついて来い。恥ずかしけりゃ俯いとけ。神父のストーカーだなんてそんな馬鹿みたいな風邪のひき方があるか」
小さくため息をつき男の潜む木に背を向ける。
別に敵意はなさそうだったし、本人が言うように恥ずかしいだけならこれでついて来るかもしれない。
それにこいつにつきあって俺まで風邪をひくなんてご免だ。
空気はますます冷たく手足がかじかみそうだった。
きっと鼻の先もみっともなく赤くなっているだろう。
こんなに急に冷えるなら外套を着て来るべきだった。
すると目の前にバサバサ音をたてて白い鳩が飛んでくる。
ぶつかりそうになって立ち止まると鳩は珍しく俺の胸元当たりの高さで飛んだまま見つめてきた。
「なんだ…」
その白い塊が突然、目の前でパンっ!と弾ける。
「え……」
弾けた鳩は細かい雪になり薄日の光に煌めいた。
まるで世界が輝きをもったように視界がちらちらと光る。
「魔法…か…」
差しのべた手に触れた粒は一瞬で溶けた。
鳩の消えたあとに何かが残っている。
宙に浮かぶそれに目を凝らす。
小さな白いメモが浮いていた。
黙ってそのメモを開く。
〈嫌な思いをさせてごめんなさい〉
飾り気のない字で書かれていた。
まさかあいつからか…?
とっさに思い振り返る。
「あ……」
後ろにいた男は驚いた顔で呟き、丸い目で俺を見返した。
ブラウンの瞳に目深に伸びたブラウンの髪。
なんという特徴もないハイティーンの青年が恥ずかしそうに胸の前で両手を握っている。
「お前がやったのか」
聞くと青年は頬を赤らめた。
おどおどと頷く。
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