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「とにかく向こうは寒いんだ。手っ取り早く体を温めるには、高カロリーなものをとるのが一番なんだよ」
その土地に行ってみなければ、本当の意味で料理は味わえないと伊藤は言った。
「そうだ。今度おまえに――」
食わせてやるよ、とでも言おうとしたのか、伊藤が苦笑した。実は陽介も同じように口にしかけた。伊藤さん、外に出たら一緒に食べに行きましょうよと。
だが、それはあり得ない。生き残れるかもしれないが、一緒にここを出ることは叶わない。生きて部屋を出られるのは一人だけなのだから――。
伊藤が濡らした布巾で鍋の取っ手を持ち、茹でたキャベツの芯をステンレスのざるに落とす。白い湯気がシンクに立ち上る。
「豚丼ときたら、味噌汁も欲しいよな」
伊藤が冷蔵庫を開け、わずかに残っていたネギ(中指ぐらいの長さ)を取り出した。白いまな板の上で刻みはじめる。トントントンと軽快な音が鳴る。
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