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伊藤が背広の胸ポケットから煙草の箱を取り出した。目の前に差し出された白い紙の筒を、陽介は不思議そうに見た。
「最後の一本なんじゃないんですか?」
この五日間、彼は食後の一服を楽しみにしていた。前回の食事が終わったとき、あとは残り一本だと言っていた。
伊藤が疲れた目で、顎をテーブルの方に振った。
「これはあのおっさんのだよ」
太った四十代ぐらいの男が床に仰向けで横たわっていた。
口の周りに〝泥棒ひげ〟を生やした丸顔。光沢のあるシャツからのぞく黒い胸毛。演歌歌手のステージ衣装のような派手なジャケット、指にはごてごてした細工の指輪。
「煙草一本くれねえ強欲なやつだったけど、死んじまったら煙草も吸えねえよな」
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