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ハンカチで目を拭きながら、中年男は聞いてきた。府川が震えながら頷くと、中年男は右手のひらを突き出して来た。
「悪いんだけどな、生徒手帳を見せてくれよ」
有無を言わさぬ迫力に、府川は逆らうことなど出来ない。生徒手帳を出し、中年男の手に乗せる。
中年男は目の周りを拭きながら、生徒手帳の写真と府川とを見比べた。
「なるほど、君はオヤマダ高校一年生のフルタ・リョウヘイくんだな。悪いけど、控えさせてもらうよ。ところでフルタくん、君はここでは、何も見なかった……それでいいね?」
静かな口調ではあるが、その奥には危険な感情が込められている。府川は泣きそうな顔で、うんうんと頷いた。
すると、男はにっこりと笑う。
「そうか、分かってくれて嬉しいよ。もう一度言うけど、君は何も見ていないし何も聞いていない。俺の言っていることがどういう意味か、君だって分かるよね?」
言いながら、男は府川に生徒手帳を返す……折り畳まれた一万円札と共に。
「これで、美味いものでも食べな。あと、ここには二度と来るんじゃないよ。もう一度、ここいらで君の姿を見かけたら……俺は本気で怒る。いいね」
その声は、先ほどまでと違い優しい。まるで、父親が息子を教え諭しているかのようだ。府川は安堵の表情を浮かべた。
「はい! わかりました!」
学校の休み時間、府川はいつものように机の上で顔を伏せている。ただし、今日は寝たふりをしているのではない。本当に眠っているのだ。
その眠りは深く、次の授業になっても目を覚まさない。挙げ句、皆の注目を浴びる中で教師に罵倒される羽目になった。
もっとも、これは仕方ない。府川は今日まで、緊張ゆえにあまり眠れていなかったのだから。
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