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りつは吉原の大門をくぐった。そこは夜だというのに明るく華やいでいた。
歩を進めるとりつを好奇の目で見る者が多くいた。それには気に留めず歩くりつだが、どこへ行けばいいのかさっぱり分からないでいた。
[こっちよ、こっち]
追い風と共に例の美女の声が聞こえる。りつは声に従ってまっすぐ歩く。
[いい子ね、いい子……。さぁ、こっち]
しばらく歩くと一際目立つ建物の前を通りかかる。
[ここよ]
声と共に風は横に流れ、その建物を示した。
りつは迷うことなく中に入った。
建物の中にいる人間の視線はすべてりつに注がれる。それもそうだろう。誰かに連れられるわけでもなく幼子ひとりで来たのだから。
ひとりの男が近寄り、りつと同じ目線になるように屈んだ。
「嬢ちゃん、どうした?誰かに連れてこられたか?」
りつは男の言葉に首を振る。
「行くところ、ないの。親はいないし育ったところで居場所、なくなったの。それでここに来なさいって……」
「誰に来るように言われた?」
りつの言葉に男は顔を顰めるが、りつはただただ首を横に振った。夢の中に出てきた化け狐に言われたなどと言ったら追い返されると思ったからだ。
りつは行くところがない、ここしかないと泣いて見せた。
「何事だい?」
出てきたのは凛とした気品のある老婆だ。
男は老婆に事情を説明した。話を聞いた老婆は鋭い目をりつに向ける。
「娘っ子、ここで働きたいというのか?」
「あい、行くところないから……」
「だったら笑って見せろ。この仕事は笑顔が綺麗でなくては駄目だ」
老婆の言葉にりつは妖艶な笑みをみせた。その笑みに誰もが魅了され、押し黙った。
数秒後、老婆はげらげら笑い始めた。
「化かされちまったかと思ったよ。気に入った。夕霧!誰か夕霧を呼んできな!」
「わっちはここにござんす」
赤い着物で着飾った美しい女性が降りて来た。
「夕霧、この子の面倒みてやんな」
夕霧と呼ばれた女性はりつをまじまじと見ると、あい、と返事をする。
「後で連れてくから戻っていいよ」
夕霧はりつに微笑を投げて上へ上がる。
「娘っ子、お前はこっちだ」
老婆はりつを部屋に連れていくと、髪と筆を寄越した。
「字は書けるかい?」
りつは紙にいろはにほへとを書くと、老婆に見せた。
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