45人が本棚に入れています
本棚に追加
玉藻は穴熊囲いという王将を隅に置いて守りを固めながら振飛車で攻めていく。
玉藻は王将に自分を重ねながら戦う。一番安全な場所で高みの見物、そして相手が弱ったらとどめを刺す。男も将棋もこれに尽きると玉藻は思い込んでいる。
藤十郎は美濃囲いで囲うが攻めがいまいちで囲いはすぐに崩され、すぐに王手をかけられる。なんとか抜け出してもすぐ王手。角行と飛車までとられる始末だ。
勝敗はすぐ決まり、玉藻が勝った。だが彼女は内心がっかりした。
自分に利益があるかもしれないという直感を疑いたくなったのだ。
「玉藻大夫は噂通りなかなかお強い」
「主様は今ひとつでありんすね」
「はははっ、精進しよう」
「次はもう少し楽しませてくんなしね」
この後少し飲み食いをして初会は終わった。
翌日、はやくも藤十郎は裏を返しに来た。玉藻は再びこの男に何かを感じたが、それが利益をもたらすものなのかなんなのか分からなくなっていた。ただ、藤十郎の出す花代はなかなか景気がいい。
「まぁ主様、またお会いできて嬉しゅうござんす」
「どうしてもそなたの笑みが忘れられなくてな」
「まぁ……」
玉藻は顔を赤らめてみせる。もちろん演技だ。
藤十郎はど派手な宴会を開き、花代も通常の倍以上の額を出した。
(わっちの利益になるという勘は当たりんしたね)
玉藻はほくそ笑む。
賑やかな時間はあっという間に過ぎる。
「そろそろ帰る時間か……」
藤十郎は名残惜しげに言うとため息をついた。
「また、会いに来てくんなし。でないとわっちは……」
玉藻は藤十郎の裾を掴んで切なげに言うと、うるうるとさせた目で藤十郎を見つめる。
「分かってる、近いうちにまた来よう」
「あい、必ず来てくんなしね……?」
玉藻は可愛らしくこてん、と首を傾ける。普段はここまでの色仕掛けをする事は無いので玉藻の禿や新造は目を丸くしてその様子を見ている。
藤十郎を送り出した後、玉藻は老婆に呼ばれた。
最初のコメントを投稿しよう!