ラッキーデイ

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ラッキーデイ

 ちゅ、と柔らかく少しひんやりとした感触が頬に触れた。  キスをする、される。  それが普通の文化に僕は育っていない。  この国でのキスは『恋人』という特別な者同士で行う、特別な行為なはずなのに。   「――っうわぁぁあぁぁ?!」    特別どころか、ほぼ見ず知らずの他人にそれをされた僕は反射的に――向こう見ずに身体全体を引いて、椅子から転げ落ちる。   「……大丈夫ですか?」    混乱する思考の中で声のした方を向けば、加害者のお兄さんが無感情な瞳で僕を見下ろしている。   「そんなに驚かなくてもいいじゃん! 面白いけど、ちょっと傷つく!」  加害者が席を立ち、床に座りこむ僕に、白く細い指が印象的な手を差し伸べてくる。   (こんなに綺麗な人なのに、どうして僕なんだろう?)    ほぼ思考停止状態で伸ばされた手に掴まる。  美形という言葉の、正解のひとつのような彼を呆然と見つめる。  三日月型に細められた目はきらきらしていて、品良く口角が上がった唇は小さく紅い。  彼は小悪魔、という言葉の正解のひとつでもあるのではないかと思う。   「あの、お兄さん、その……あの……」    小悪魔の手によって立ち上がった僕は、再びお兄さんの視線とかち合う事態になる。  自分は清廉潔白で無実で無罪である、と説明しなければならないと口を開く。  しかしそんなものは無用とばかりにお兄さんは、真綿で首をしめるような調子で、僕の声をつぶすようにさえぎる。   「弟はまだ高校生です。節度ある交際をお願いしますね?」 「……ハイ……」    お兄さんの薄っぺらい笑顔の後ろに隠しきれない濁ったオーラが見えた気がして、僕はただうなずくことしか出来なかった。  今日はなんて最悪な日だろう。
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