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そういえば外車を乗り回してるご身分の癖に、彼はバイトをしていることを思い出す。
(……市川サン目当てでかも、だけど)
前に「オレも同じところでバイトしようかな?」と市川サンに提案してみたら、「やめて!」と全力で拒否られた。
「バイト先でどう接したらいいか困るし、お客さんや同僚の女の子たちに迫られているのを、黙って見ていなくちゃいけないのがツラいから嫌だ」と嫉妬する恋人が可愛い! なんて、悠長に構えていていい場合ではないのかもしれない。
「ベンチャー企業立ち上げようか、とか言ってるのも聞いたことあるし」
つらつらと話すトモの声を聞きながら、「朝比奈サンは自分の上位互換どころじゃなく、遥か雲の上の存在ではないか?」と、オレは想定よりずっとヤバイ奴を相手にしている気がしてきた。
「あー! もう! 朝比奈サン出来すぎじゃん! 家の枷があるくらいで、やっとバランス取れるくらいじゃんー!強敵すぎて嫌になる!」
つい声を張って言ってしまったので、「静かに!」と再度怒られたが、オレは続けて、まだ回答がない件について言及する。
「てゆーか結婚だの駆け落ちだのって話と、『市川サンが男だから好き』にどう話がつながるんだよ?」
半ばふて腐れながら訊けば、今まで迷うことなくしゃべっていたトモが、「ああ、それ……」と少しだけ言いよどんだ。
「……プライバシーに関わるから詳しくは言わないけど、お見合いの件含めて女性関係では、琥珀以上に奴は苦労してるみたいだから」
「女性不信てヤツ?」
「不信とまではいわないけど……もう僕らくらいの歳になってくると、そろそろ結婚を視野に入れてくる女性もちらほら出だすけど、朝比奈の周りの女性はもっと早かったみたい。……あとはまぁ、色々」
伏せ気味にされたトモの目は、憐れむような色を浮かべているように見えた。
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