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 彼女につれられてやってきた場所は、古い廃墟のような寂れた建物だった。ここに来る道中に、何度かギターを担いでいる若者にすれ違ったので、恐らくスタジオとして利用されているのだろう、とノベルンは推測した。  中にはいるとボロボロの赤いカーペットと、スプレーで満遍なく落書きされた長い通路があった。そして立錐の余地もないくらい敷き詰められたバンドマン達。 「おっさん、援交か?」と茶化してくる彼らをかぎ分けて、彼女は奥へと進んだ。    やがて“ジ・アニモーズ”と書いてある、小型のホワイトボードが吊るされた扉の前で立ち止まる。 「ここよ」と彼女は扉を開いた。  中には二人組の──彼女と同じくらいの年齢の──女性が黄ばんだ白のカウチに寝そべり、こちらを睨んでいた。二人ともキツいパンクのようなファッションで、口紅も真っ黒だった。(この場合、口黒と表記した方が正しいだろう) 「カヤ、誰そのおっさん?」と、女性のうちの一人の、緑のモヒカン女が言う。天使はカヤという名前らしい。 「バンドの新メンバーだよ、彼とても詩が上手いの」  女性二人は眉をあげて目を見開き、お互いにしばらく見つめあったのち、カヤの腕を綱のように引っ張っていき小声で会議を始めた。おそらく、値踏みされているのだろう。三人ともチラチラとノベルンの方を見ている。 「ちょっとカヤ、あれはおっさん過ぎない?」ロン毛で赤髪の女が言った。 「そう?インパクトが出て良いと思うけど」とカヤ。 「ていうか男じゃない。あたし達、ガールズバンドなんだよ」とモヒカン。 「そうよ」ロン毛もモヒカンに同調した。  カヤは渋顔で二人を見つめた。二人も負けじとカヤに反目した。   「もういいよ」  場の空気を察したノベルンが、割ってはいる。「そもそも俺はメンバーになりたいと、頼んでもないしな」  そう言い残し、彼は部屋を後にした。 「なにあのおっさん」  モヒカン女が鋭く舌打ちをする。ロン毛も彼女に合わせるように、悪態をついた。 「やっぱ、バンドマンってロクな奴いないね」 「彼はバンドマンじゃなくて詩人よ」  カヤの反駁に二人は肩をすくめて、呆れるように鼻で息を鳴らした。  
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