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ノベルンは帰り道に見かけたライブバーに、何の気なしに立ち寄っていた。そこではアマチュアバンドでも施設料を払えば演奏ができるというシステムらしく、酒の場にしては客層はバンドを応援しに来た若者など、未成年っぽい風采の者が多い様子だった。
──ステージに上がるバンドも、それを取り巻くグルーピー共も、全員似たような格好の奴等ばかりだ。あまねくは個性的だと言われるのだろうが、その集団の中では個性もくそもない──まるで文房具屋にある万年筆のコーナーを見てるようだな。とノベルンは思った。
そして自分自身も、形は違えどそれと種類の似た人間であるような気がして、急に恐ろしくなった──俺は単に才能がないんじゃないか?
「強い酒はあるか?」
「テキーラなら」
「それでいいや」
ちょび髭のバーテンは、甲斐甲斐しい手つきでポアラーをテキーラの瓶に差し込み、ショットグラスに注いでノベルンに渡した。
彼はぼうっとステージの上に立つバンドを──特にベーシストを眺めながら、酒を嗜んだ。
しかし、バンドが代わる代わるするうちに、彼の酒を飲むスピードは、どんどん加速していった。
やがて全てのバンド演奏が終わり、店内から客が立ち退いて、ガランとした静寂の空間だけが後に残った。
「あと一杯だけ」ノベルンは顔を耳まで真っ赤にし、気づけばバーテンに引きずられていた。
「もう閉店ですよ」
困り果てた気色の彼は、懸命にノベルンを店の外まで引きずり出し、最後の善意で「タクシー呼びますか?」と提案したが、ノベルンは「いんや」とそれを断った。
──おれぁ一人であるけるさ。だんれの力だって、借りやしない。いっぴきおーかみなのさ。
稚拙に大声で歌いながら、彼はいつの間にか河川敷の──橋台の壁のある“あの場所”の付近までたどり着いていた。ノベルンは気分が悪くなり、思わず川に向かって嘔吐する。
そのとき後ろから、何かが彼の背中に触れた。
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