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「誰だ?」
警戒色の強い、しゃがれた声を発し、ノベルンはおずおずと後ろを振り向いた。
そこには、風に揺られた長めの枝が、ノベルンの方に向かって地面から伸びていた。こいつが背中を撫でたのだろう。
──そうだ、俺はカヤがここにいることを期待していた。今朝のように、彼女が歌っていれば、どんなに俺の気持ちは安らいだだろう。だが、恐らく彼女が現れることはもうない。
他のメンバーに拒まれた俺は用済みなんだ。
ノベルンはふと、あの壁に書いた詩を消そう思って立ち上がり、朦朧とした意識であの壁のある方を目指した。
しかし、その愚挙は詩の綴られた壁を前にして消えた。──詩の下には、天使が眠っていた。
彼女は俺を裏切ってなどいなかったんだ。ずっと、ここで俺を待ってくれていた。
そう考えると、彼の目からは涙が溢れだした。間断なく流るる涙は、地面に落ち、コンクリートからは緑がほとばしる。
緑は僕を包み、天へ伸びる蔓となり、金のハーブへといざなった。
金の音色のダンスフロアに
見事なタップで 巨人は踊る
僕と天使 二人の影が重なると
金のハーブは音を止めた──
カヤと出会ってから三ヶ月が経つ。俺のベースも様になってきたな、とノベルンは自画自賛していた。残り少ない貯金をはたき、音楽教室まで通ったんだ。実際に、ノベルンのベースの腕は普通に何曲か演奏もできるし、自分でベースラインの作曲もできるくらいにはなっていた。
「ノベルンの歌詞っていつも天使が出てくるね」
カヤは河川敷でベースを練習する彼の横で、彼の作った“作詞ノート”たるものを開いていた。彼らはメンバーを二人募って、バンドを組むことにしたのだ。──といっても、カヤは向こうのバンドと兼ねてなのだが。
「変かな?」とノベルンははにかみながら言う。
「ううん」とカヤは微笑んでいた。
「あたし、そろそろ学校あるから行くね。あ、作曲考えたいから作詞ノート借りてっていい?」
「うん」
彼はベースのチューニングをするフリをしながら生返事をした。早朝に集まると、必ずこの時間帯に彼女との年の差を感じさせられるのに、ノベルンはいまだに慣れていなかった。
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