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......遅くなっちゃったな。
カヤは河川敷に向かい、走っていた。ノベルンとの約束の時間は10分過ぎている。学校終わりに一緒に練習しようと、例の壁の前で待ち合わせしていたのだ。
ようやく河川敷までたどり着き、例の場所まで行く階段を、早足で下り始めた。
ノベルン、もう来てるだろうなぁ。
「──あれ?」
高架下にたどり着いたが、そこにノベルンの姿はない。彼が遅刻?まさか。
訝りながらも、待つことにしたカヤ。
しかし、数時間経っても彼は現れなかったので、カヤはノベルンを探して歩き回ることにした。
ライブバーやスタジオ、楽器屋など、彼と共に行ったことのある場所をくまなく探したが、何処にも彼はいない。
──彼は何処に住んでるんだろう?
あたしは彼と、この三ヶ月間ほぼ毎日会っていたけど、彼のことは全然知らないんだなと気づいた。
スタジオや楽器屋なんかも、音楽の為に一緒に行ったんだ。音楽のない彼は──詩人の彼は、普段いったい何処で何をしているのだろう?
そんなことも、全然知らなかった。
カヤは途方にくれ、また元いた河川敷へと戻ってきた。彼女が探し回っているうちに、ノベルンが訪れた形跡はない。
疲れはてた彼女は、床に座り込み、じっと橋台の壁の詩を眺めた。この詩を出会えたお陰で、彼とも出会えたんだ。
ふと、詩の最後に、赤いペンでつけ足された言葉があることに気づいた。
カヤは顔を近づけて、その字をよく見てみる。......こう綴られていた。
──愛していた。
それを見て、彼女の黒い瞳からは、どっと涙が溢れだしてきた。疲れのせいだろうか、違う要因だろうか。涙は止まらなかった。
何故だか、二度と彼に会えないような気さえした。
ずるい、ずるいよノベルン。
言葉は──詩は残せても、この壁にあたしの歌は残せないじゃない。
彼女は声を漏らして、延々と泣き続けた。
日がくれても、彼は現れなかった。
やがて、彼女は泣き疲れ、眠ってしまっていた──
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