また明日を言った次の日に春が来たなら、

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「歩、行くわよ」 「うぃーっす」 歩の荷物はすべてもう送り出したので、わたしが運ぶべき物はもうこの弟だけなのだ。スニーカーを履いて、ドアを開く。 春の光。 週末に遠出する時くらいしか使わない古ぼけた赤の軽自動車の鍵を開ける。エンジンをかけたら、弟がすぐに車に乗り込んできた。家の鍵をわたしに差し出す。 「はい」 「ん」 「ちゃんと自分で鍵閉める癖つけなよ。今から女一人でひとり暮らしなんだから」 「んー……」 鍵をポケットに突っ込む。スニーカーでアクセルを踏み込んで車を発進させる。 街の中は軽やかな春の風景で、わたしは数年前のあの日のことを思い出した。これ以上ないってくらい最高の親友が死んだ日と、その子が何故か帰ってきて弟を引っ張って出かけていった日。 いつだってこの街は最悪な気持ちを最高な春の日に終わらせようとする。 「あーあ、不安だなぁ。姉ちゃん、ちゃんとひとり暮らし出来るの」 「なんとかなるわよ」 「家事が得意な恋人とかいないわけ」 「恋人ねぇ」 ちょっと首を傾げる。桜に囲われた道を車で走る。桜の花びらが無数に舞っている。あの子の爪の色を思い出した。 絵を描いてしょっちゅう手を絵の具まみれにするくせに、マニキュアを塗るのが好きだった。 「……うーん、わたしは、いいかな。そういうの」 「僕としては料理上手な恋人の一人でも連れてきてくれるとうれしいんだけど」 「あんたこそご飯を美味しそうに食べてくれる恋人連れてきなさいよ」 「うーん」 車の駆動音。 「俺も、いいかな。まあ」 「……ずっと聞きたかったんだけどさぁ」 ウィンカーを上げる。バックミラー後方左右の確認。信号を左折してから、わたしはもう一度口を開いた。
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