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「まぁ、でも、ほら。普段は明るくて愉快でちょっと変わっててよく笑う子でさ。それが宵じゃないってことじゃないんだけど、でも、わたしはそれが一番気がかりだった」
「うん……」
「今更どうしようもないんだけどね」
「まぁね」
しんと車内が静まる。歩がひとり暮らしを始めるアパートまでもう少し。どうしようもないこと。
歩の暮らすことになるアパートは、少し古いけど、中庭に大きな桜の木があるのが良い事だと思う。五月には虫で大変なことになりそうだけど。
名前はそのまま。さくら荘。
一階に住む大家さんに一言置いて、空いてる駐車スペースに車を止めた。歩は大きなボディバッグを背負って、わたしは大きなショルダーバッグを下げる。
大家さんに老舗の和菓子屋さんの羊羹を渡した。年老いた大家さんはにこにこ笑って受け取ってくれる。
もらった鍵で玄関を開ける。自分の家以外の鍵なんて持ったことなくて、歩とちょっと笑った。
「……やっぱりいい部屋貰えたわよね」
「うん」
窓の外には満開の桜。日差しは程よく差してくる。窓を開けたら風が吹いてくる。軽いお掃除は大家さんがしてくれたから、わたしたちの掃除はすぐに終わった。一人じゃ動かせない家具だけ手伝って、わたしは帰ることにする。
「じゃ、歩、しっかりね」
「姉ちゃんこそね」
「……」
わたしは黙って歩の頭に手を置いた。
「あんたは、わたしの弟なんだから、いつでも助けに来てあげるから」
「……うん」
「ちゃんと立派に育ってるわ。わたしの世界で一番の親友の彼氏にしちゃいたいくらい」
じゃあね、と手を振って部屋を出ていった。
外に出ると桜の花弁が無数に舞っていて、まるでわたしの想像した最高の未来のようだった。
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