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「苦学生で金がないと困るってのはわかる。何十万と無駄にできないっていうのも。でもそれより先に身体を壊したら大学も行けない。バイトも行けない。元も子もないだろ」  もぐもぐと味わい、生春巻を喉元まで流し込むと、はい、とようやく小さな相槌を打てた。 「ひとまずは友人宅に居候させてもらって、早く新しい部屋を探すほうが堅実かつ現実的だと俺は思う」  やっぱりそれしかないのか。まあ、そうだろうとは思っていたけど。ため息が漏れる。 「法的措置をとるというならその際は俺も弁護士を紹介してやれるし、何らかの助言をすることも可能だ」  はい、とうなずく。  とても有り難い申し出をしてくれているような気がするが、モチベーションの向上には繋がらなかった。だって今八奈見の話を聞いて総括するに、苦学生で日々食べていくのに精一杯の身の上では訴訟だのなんだのといったものに手を出せる次元ではないということ。  つまり、金を取り返すのは限りなく不可能に近いということだ。  見ず知らずの大学生の相談に乗ってくれ、それなりの価格の飲食代を奢ってくれて、報酬を搾取することもない八奈見に対して、過剰なくらい感謝の念を表明するべきなのだろう。だが無情な結論を受けて、浮かない顔色のままだっただろうと思う。  何ヵ月ぶりだろうか満腹感に満たされ、まさにお腹いっぱいの夏芽は何度もお礼を述べ、席を立とうとすると彼が小さな紙片をテーブルに置いた。  名刺だった。失礼かと思いその場ではさっと目を通しただけだが、そこには間違いなく『東京地方裁判所第一刑事部判事補』という文字が行儀よく並んでいた。  疑っていたわけではないが、本当に裁判官なんだ、とここで初めて実感した。
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