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「何かあったら連絡しても構わない。ただ、遅くまで仕事してる日が多いから捕まらないことも多い」
「ありがとうございます。助かります」
何十回目かの礼を述べて、ぺこりと頭を下げた。でももうおそらく二度と彼に連絡することはないだろうと確信していた。
なんだ、やっぱり優しいじゃないか。
何もできないとか、期待するなとか突き放すようなことを言っていたけれど、最終的には協力的な意思を見せてくれるなんて。
確かに彼の言うとおり、相談したからといって結果的に何も解決していない。でも、社会的な事情が何もわからず釈然としないままでいるよりはずっとよかった。専門家として直接納得できる答えをくれた。しかも無料相談、いや奢ってまでもらえた。感謝以外ない。
店を出ると、細い糸のような小雨が降っている。傘を携帯していないので焦ったが、これくらいなら濡れたところで風邪を引くまでもないか、と諦める。
「じゃあ、今日は本当にありがとうございました。色々参考になったし、凄く感謝してます。ご馳走にまでなって、逆に申し訳なかったというか…」
今日一番丁重に頭を垂れたところで、なんだろうか、視界がぶれた。
ぐわんぐわん。洗濯槽に入れられて撹拌されたような。これはなんだ。ああ、目が回ったのか。鈍痛とともに吐き気がする口元を押さえ、ただいつものようにその場に立っているという簡単なことができないまま、足元から崩れていったことだけは憶えている。
そこから先は都合のいいことに、記憶というものがきれいさっぱり抜け落ちている。
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