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でも、彼女の言う事を信じるならば、もうこの場所には何も手掛かりがないということになる。
ひょっとすると、彼女自身もそれをわかった上で、この無為な張り込みをしているのかもしれない。
なら、言うべきだろう。
俺としても、いつまでも彼女をここに置いておくわけにはいかないのだし。
別れのときだ。
「君が言うことが本当なら、君が調べるべき場所は、もうここにはないと思う」
彼女は答えなかった。息を飲んで、一瞬双眼鏡に没頭している振りをした。
「妹さんも気にしているんだろう?」
「ええ……」
「彼氏は今日は帰らないかもしれない」
「そう……ですね」
「帰った方がいいよ。手遅れになるかもしれない」
その言葉を聞いた瞬間、彼女はついに双眼鏡を下げた。
全てを受け入れたようなそんな表情で立ち上がると、幽鬼のような接地感のない足取りで玄関に向かっていった。
「お世話になりました」
今まで、そういう改まった礼も挨拶もしてこなかった彼女が、初めて深く頭を下げた。
それに何と答えるべきか迷っている間に、彼女は重たい部屋のドアを開けて出て行ってしまった。
一瞬追いかけようか、なんて考えが過ぎって、意味がないことに気付いてやめる。
余計なことを言ってしまっただろうかと後悔する。
それもやめる。いつかは訪れることだった。
何か反省しないと、いたたまれないだけだと気付いた。
ただ俺は――まったく知らない誰かがいなくなった部屋が、ひどく寂しいだけだと気付いた。
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