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モグラの雇い主は、賢木初音。大手ホテルチェーンの「社長」である。その大きな資金力を活かし、初音はひとつのコネクションを作った。所謂闇の仕置人のように金銭で悪人をさばくようなものではなく、初音に利をもたらすのならば、非合法なことでも手を貸すというものだ。つまり、暗殺も資金援助も初音にとっては同じカテゴリーであり、ホテル経営と同じくビジネスなのだ。
初音が住居兼オフィスとして使っている上野のマンション(全国に同じような場所が何軒もある)に向かう途中、モグラは中華料理店に立ち寄った。
「こんにちは」
暖簾をくぐり、炒め物の匂いと賑やかな声がモグラの鼻腔と耳朶を刺激する。モグラはここの匂いと雰囲気が好きだった。
「あれま渡辺じゃないか。久しぶり」
大きな中華鍋を器用に振りながら、小太りの男が微笑みかける。彼はこの料理店の店主で、陳 ( ちん )恭 ( きょう )敬 ( けい )という。本名ではなく、日本に来た時に名を変えたとのことだった。恭敬にはつつしみうやまうという意味があり、そうした生き方をしたいという思いを込めての名らしい。自分も渡辺という仮名を使っているが、そんな立派な意味はない。もっときちんと考えるべきだったのかもしれないと時々モグラは思う。
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