優しい子

1/8
前へ
/8ページ
次へ

優しい子

「藤田の下の名前っていいよな」  社会科準備室という名の社会科担当教師の集まる部屋で、日本史を担当する星野先生が、提出した部日誌に書かれていた『藤田優子』という名前を見て言った。 「そうですか?」 「『優しい子』っていう親御さんの願いもストレートに伝わるし、シンプルでわかりやすい名前見るとホッとする」  先生が言っているのは、私の世代から流行し始めたとも、定着し始めたとも言えるキラキラネームのことだろう。星野先生が顧問を務める文学部の私を除く二年生は『心の春』で『心春(みはる)』、『香る花』で『香花(かな)』、『詩に望む』で『詩望(しの)』という難読な名前が並ぶ。しかも、詩望に至っては女子ではなく男子。しかしこれでも、先生曰く「可愛い方」らしい。 「いや待てよ。『優しい子』とは限らないか。『優』なら『優秀な子』という可能性もあるな」 「『優しい子』で合ってますよ。…自分で言うのおこがましいんですけど」  仮に『優秀な子』だったとしてもそれはそれで口にするのは躊躇われただろう。しかし、先生は真面目な顔で言った。 「俺は藤田なら『優しい子』でも『優秀な子』でも合ってる気がするぞ。生活態度は至って真面目、成績もいいし、部で見てる限り気配り上手だしな」  資料集めとかメモ取るのとか、藤田が一番率先して動くよなーと先生は笑った。  部活終わりの社会科準備室には、星野先生以外の教師の姿がなかった。普段、教務室に生徒が長居することをあまり良く思わない教師もいるのだが、誰もいないのをいいことに、空いてる教師の誰かの椅子に腰をかけた。 「先生、私、あまりこの名前好きではないんです」  そう言うと、先生は驚いた顔をしたが、やがてなにか納得したように「ああ」と呟いた。 「古風な名前は浮くように感じるのか? たまにいるんだよ、そういう生徒」 「…その通りです」  キラキラネームは、名前が読めないだけに限らず、馬鹿にされたり虐められたり、受験や就職に不利になることもあるのだとか。そういうのは、有名マスコットキャラクターの名前だったり、ビジュアル系バンドのアーティストのようなド派手な名前が主だ。 「私たちの世代って、音の響きだけ聞けば普通だったり、そこまで無理矢理すぎる当て字とも言えないものが多かったりするじゃないですか。文学部の私以外の二年がそうだと思うんですけど」
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加