優しい子

2/8
前へ
/8ページ
次へ
「そうだな。俺の世代ではまだ少数派だったけど、こういう当て字のやつたまにいたな」 「そんな中に『子』のつく名前が来るとやっぱり言われるんですよね、渋いとか古いとか」  最近ではそういった古風な名前に『しわしわネーム』や『逆キラキラネーム』なんて貶めた呼び名がついているらしい。 「そういえば前に『りこ』って名前の生徒がいたなぁ」  と先生は日誌の端っこに『莉恋』と書いて見せた。 「『子』じゃだめだったのかよ!って叫びそうになったよ。あ、これ内緒な。教師が生徒の名前に偏見持ってると思われかねないから」  口元に人差し指を立て、少しいたずらっ子のような顔で笑った。 「その点、小説にはキラキラネームって見ないなぁ」  星野先生は昨今部活動に協力したがらない教師が多い中、進んで文学部顧問を引き受けた変わり者らしい。子供の頃から『本の虫』だったのが理由だとか。 「漫画だと苗字まで珍名さん引っ張ってくるのもありますけどね」 「やっぱりそこがある種の一線なのかなぁ。どうしても漫画よりも小説のほうが知的に感じるものな。文字しかないし。ファンタジーやラノベでもない限り、キラキラネームが出てきたら『あっ』って萎えそう」 「先生言いますね…」 「今のも内緒なー」  悪びれもせず言うこの教師が私は結構好きだったりするので、口外することはまずないが、それでもやはり教師としてどうなのか、とつっこみたくなる。  結局、本好きの先生のせいで話が本の話題になり、小説話に花が満開になりそうになったところで、いい加減帰宅せねばと準備室を後にした。  すっかり遅くなってしまい、夕飯の準備も押せ押せになってしまう。が、それもあまり関係ないだろう。父の帰宅は八時を過ぎることがしばしばだ。  案の定、帰宅しても家には誰もいない。私は真っ直ぐに仏壇に向かい手を合わせる。 「ただいま、お母さん」  ほんのちょっぴり罪悪感を覚えたのは、母が私に残してくれたこの名前を「あまり好きではない」とはっきり言ってしまったせいだろう。  母は私を産んですぐに亡くなった。  私が自分の生まれについて知っているのは、私の命ももしかしたら危なかったこと、私が産まれる前から母が『優子』と名付けると決めていたことだけ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加