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「そうだな。俺の世代ではまだ少数派だったけど、こういう当て字のやつたまにいたな」
「そんな中に『子』のつく名前が来るとやっぱり言われるんですよね、渋いとか古いとか」
最近ではそういった古風な名前に『しわしわネーム』や『逆キラキラネーム』なんて貶めた呼び名がついているらしい。
「そういえば前に『りこ』って名前の生徒がいたなぁ」
と先生は日誌の端っこに『莉恋』と書いて見せた。
「『子』じゃだめだったのかよ!って叫びそうになったよ。あ、これ内緒な。教師が生徒の名前に偏見持ってると思われかねないから」
口元に人差し指を立て、少しいたずらっ子のような顔で笑った。
「その点、小説にはキラキラネームって見ないなぁ」
星野先生は昨今部活動に協力したがらない教師が多い中、進んで文学部顧問を引き受けた変わり者らしい。子供の頃から『本の虫』だったのが理由だとか。
「漫画だと苗字まで珍名さん引っ張ってくるのもありますけどね」
「やっぱりそこがある種の一線なのかなぁ。どうしても漫画よりも小説のほうが知的に感じるものな。文字しかないし。ファンタジーやラノベでもない限り、キラキラネームが出てきたら『あっ』って萎えそう」
「先生言いますね…」
「今のも内緒なー」
悪びれもせず言うこの教師が私は結構好きだったりするので、口外することはまずないが、それでもやはり教師としてどうなのか、とつっこみたくなる。
結局、本好きの先生のせいで話が本の話題になり、小説話に花が満開になりそうになったところで、いい加減帰宅せねばと準備室を後にした。
すっかり遅くなってしまい、夕飯の準備も押せ押せになってしまう。が、それもあまり関係ないだろう。父の帰宅は八時を過ぎることがしばしばだ。
案の定、帰宅しても家には誰もいない。私は真っ直ぐに仏壇に向かい手を合わせる。
「ただいま、お母さん」
ほんのちょっぴり罪悪感を覚えたのは、母が私に残してくれたこの名前を「あまり好きではない」とはっきり言ってしまったせいだろう。
母は私を産んですぐに亡くなった。
私が自分の生まれについて知っているのは、私の命ももしかしたら危なかったこと、私が産まれる前から母が『優子』と名付けると決めていたことだけ。
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