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ベッドの上段から絵莉子の微かな寝息が聞こえてくるほどに、部屋は静まり返っている。薫は真っ暗な部屋のベッドで、目を開けたままじっと横たわっていた。
(明日もバイトあるから早く寝ないと)
そう決心して目を閉じる。しかし、しばらくするとまた目を開ける。
(……眠れない。それに、こんな時はいろいろ余計なことを思い出す)
薫の脳裏を、さまざまな思い出や記憶がよぎっては消えていった。
一つは、小学生の頃の記憶だ。
教室を歩いていると、いきなり後ろからクラスのリーダー格である男子にズボンを下ろされ、指差して笑われた。
『こいつ、オトコオンナだ!』
それに呼応するように、リーダー格の取り巻きたちも『うわあ』『気持ちわりい』と薫を指差す。
薫の気持ちよりも先に体が動いた。気がつくと近くにあった机を掴み、リーダー格に投げつけていた。リーダー格は倒れ込み、鼻血を流したーー
(あの時からだ、私があまり人と関わらなくなったのは。もともと話すことは得意じゃなかったけど。
誰にも傷つけられないように、傷つけられそうになったらどんなことをしてでも自分を守れるように、そう、ずっと、心掛けてきた)
そしてもう一つは、薫が大学に進学する際、実家を出た時の記憶だ。
実家ではシングルマザーの母親と二人暮らしで、会話は少なかった。それは薫が家を出る日も例外ではなかった。
出発する時、母親は薫を駅まで送り届けた。
駅のホームで薫は普段のように、母に『行ってくる』とだけ言って出発しようとした。しかし母は薫を呼び止めた。
『いろんな人と会って、世界を広げてきなさいね。きっと薫は、薫を大きくしてくれる人たちと出会えるはず』
言い忘れていた大事なことを伝えるかのように、母は一気に捲し立てた。
(母さんはああ言ってたけど、私はずっと人と関わるのが苦手なままだ。でもどうすれば…)
思いにふけっているうちに、薫はいつのまにか眠りに就いていた。
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