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雪乃からプリントをもらい、薫はなんとかレポートを書き上げることができた。印刷したそれを、学務課のレポート提出ボックスに滑り込ませる。
「あ、薫チャンじゃん」
呼ばれて振り向くと、紙の束を片手に持った雪乃がいた。彼女もまさに薫と同じ授業のレポートを提出しに来たところなのだろう。
「課題のプリント、送ってくれてありがとう」
「ぜんぜん〜。お礼はハーゲンダッツでいいよん」
「……うまい棒でもいい?」
「だいぶ値下げするね~」
軽口をたたきながら、雪乃はレポートをボックスに放り込んだ。
「あ、そうだ、薫チャンと一緒に受けてた授業って、ドイツ文学のやつだったよね。薫チャンは独文専攻にしようとか考えてる感じ?」
「……うん、まあ」
そっかそっか、と呟きながら雪乃はスマホを操作する。直後、薫のスマホが震えた。
「独文専攻の人のグループ、招待したよん。テストの打ち上げあるらしいから、よかったら一緒に行かない? 教授に誘われてるけど、独文専攻考えてる同級生で知ってるコが薫チャンしかいないんだよね〜」
「あっ……うん」
勢いで承諾してしまった。
「おっ決まりだね。それじゃ、私はバイトあるから失礼~」
言うだけ言って、雪乃は去ってしまった。
(専攻の打ち上げか……たまには行ってみるのも悪くないかも)
学務課の棟を出ると、もわりとした熱気に包まれた。蝉が激しく鳴く声も聞こえる。快適とは程遠い環境だったが、ふと立ち止まって空を見上げると晴れ渡った青空だ。薫はなぜか爽やかな気分だった。
絵莉子から雪乃へ。雪乃からまだ顔を合わせたことのない独文専攻の学生達へ。少しずつだけれど自分を取り巻く世界が広がっていっているような気がした。そしてそれを前向きに受け止めている自分がいた。
(そういえば、夏祭りは明日だった。早いうちにバイト代をおろしておこうかな)
薫は軽い足取りで歩きだした。
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