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七緒は髪に留めていた飾り櫛を整えると、宿泊客でなかったことを少し残念に思いながらも、ほっと胸をなでおろし、錠を開けた。戸口の外には二人の男が立っていた。一人は検非違使庁の官人、服装からして火長(かちょう)だった。
「お嬢さん、ご家族は揃っていますか」
火長のほうは若く、警備担当にしては華奢だった。いや、線が細いというよりは、無駄をそぎ落とした体をしている。背後に控えるもう一人は、胸板が厚く、上背のある大男だったが、官人にしては人相が悪い。表情一つ変えず、無言で火長の背後に立っていた。
「この近くで鬼を見たという者がいます。戸締りは確実にしてください。ご家族でまだ帰っていない方はいませんか」
「両親は泊りがけで出ており、今夜はわたし一人ですが、大丈夫です。なにも変わったことはありません」
「それはよかった」
火長が相好を崩す。
七緒はふと、大男が左手で右腕を抑えていることに気付いた。
「お怪我をされているのですか」
問われた大男が顔をしかめながら頷いた。
「ここだけの話にとどめていただきたいのですが……先ほど、鬼らしき何かにやられたのです」
代わりに火長が答えた。
「やだ、たいへん。すぐにお薬をお持ちします」
七緒は振り返ると、薬を取りに奥の間へ戻ろうとした――が、そのとき、背後から強く口を塞がれた。
抵抗しようと、腕を振り上げるが、その腕さえも絡め取られた。
「美しい。白い肌に長くつややかな黒髪。細い腕」
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