第一章  鬼騒動

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 すると――、その巨漢が飛んできた。黒衣が、刀身を鞘が当たるまで押し込んだまま突進してきたのだ。巨漢の背を盾にして。そして、その肉塊を貫いていた刃は、いつのまにか、そこになかった。  どこだ、と振り返った矢先、火長の男は後悔した。まさか名乗りもせずに、斬られるとは。黒衣から繰り出される鋼は疾風のように闇を切り裂き、いつの間にか若い男の胸を縦断していた。  間もなく途切れる意識の中で、男は黒衣につぶやく。 「ま、まさか……きさま……、鬼」                  *  七緒が麻袋から這い出たときには、検非違使を名乗った二人の男が、骸(むくろ)となって小路の中央に横たわっているだけだった。  二  夏 「明けても暮れてもトモモリ、トモモリ、トモモリ、トモモリ……みんな馬鹿の一つ覚えのように、死んだじいさんばかり。いったい、何回じいさんの名を連呼すれば気が済むんだ。おれはトモモリじゃなく、トモチカだ!」  東宮御所で行われた読書会の帰り。  牛車(ぎっしゃ)に揺られる堀川具親(ともちか)は、鬱積した不満を吐き散らしていた。  従者たちは顔を伏せたまま、具親の牛車を囲むように付き従っている。  主従関係は絶対だ。具親が主で、彼らは使用人なのだ。諌められるわけがない。  それができるのは兼好法師か、あるいは――     
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