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すると――、その巨漢が飛んできた。黒衣が、刀身を鞘が当たるまで押し込んだまま突進してきたのだ。巨漢の背を盾にして。そして、その肉塊を貫いていた刃は、いつのまにか、そこになかった。
どこだ、と振り返った矢先、火長の男は後悔した。まさか名乗りもせずに、斬られるとは。黒衣から繰り出される鋼は疾風のように闇を切り裂き、いつの間にか若い男の胸を縦断していた。
間もなく途切れる意識の中で、男は黒衣につぶやく。
「ま、まさか……きさま……、鬼」
*
七緒が麻袋から這い出たときには、検非違使を名乗った二人の男が、骸(むくろ)となって小路の中央に横たわっているだけだった。
二 夏
「明けても暮れてもトモモリ、トモモリ、トモモリ、トモモリ……みんな馬鹿の一つ覚えのように、死んだじいさんばかり。いったい、何回じいさんの名を連呼すれば気が済むんだ。おれはトモモリじゃなく、トモチカだ!」
東宮御所で行われた読書会の帰り。
牛車(ぎっしゃ)に揺られる堀川具親(ともちか)は、鬱積した不満を吐き散らしていた。
従者たちは顔を伏せたまま、具親の牛車を囲むように付き従っている。
主従関係は絶対だ。具親が主で、彼らは使用人なのだ。諌められるわけがない。
それができるのは兼好法師か、あるいは――
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