第一章  鬼騒動

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「御前(ごぜん)、いくら日が落ちたとはいえ、まだ町中。簾(すだれ)を開けていればその恰好は目立ちますぞ」  屋形の脇から、牛車の進みに合わせて歩く白髪の従者、光村(みつむら)が進言した。  光村も従者の一人であり、本来ならば口答えなどできない身分であったが、何十年も堀川邸に仕える生き字引のような存在であったため、具親も面と向かって「黙れ」と吐き捨てることができない。 「だったら簾を下ろせばいいだろう」  堀川具親は屋形の中で足を投げ出していた。それは、とても二十四歳の若さで東宮御所次官を務める貴族の姿ではなかった。 「下げて、よろしいのですか」と光村が念を押す。 「くどい!」 「読書会の最中から暑い暑いとおっしゃっていたようなので。いまは少し風があるものの、下ろせば風は通りません」  今月はあまり雨が降らず、京の都は空梅雨に乾いていた。このまま蝉でも鳴き始めるのではないかと思うほど、ここ数日は暑く、寝苦しい夜が続いている。  具親はしばらく押し黙ったあと、今度はぶつぶつと独り言を垂れる。 「うるさい御坊がしばらくの不在で清々していたが、今度は光村か。屋敷にいれば礼節、礼節。外へ出れば死んだじいさんのことばかり。まったく不愉快極まりない」     
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