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楽しいときが瞬く間に過ぎていくのは世の常なのか、笑顔で迎えてくれた母とも今日でお別れだ。
車に荷物を積め終わった俺は、最後に懐かしい景色を目に焼き付けようと三日間過ごした実家に背を向ける。
実家前の二台すれ違えない狭い道路を暫く歩き、別の道に足を伸ばそうとするが、その一歩目が踏み出せずにいる。
平坦な田園はすっかり雪化粧され、あまり高さが変わらない農道だったから、見分けがつかない。
まいったな。
俺の記憶じゃあ、多分ここに道があるはずなんだが……
まあ、一か八かだな。
俺は、勢いよく踏み出した。
――ずぼっ!!
ああ、外れか。
膝まで埋まった右足を引き上げようとするが、体制を崩してそのまま前のめりに倒れてしまった。雪の上をまるで溺れているみたいにもがく。
「何やってるんだい」
本当に、何やってるんだよ俺は。
顔をあげた先に呆れ顔の母。
「あ~ええと、寒中水泳的な? これが本当の『雪かき』ってやつかな……ははは……」
くだらない、と俺の渾身のギャグをため息で母が流す。
何とか這い出てきた全身雪まみれの俺の体を母が、いつまでも手のかかる子供だこと、と困ったような、それでいて少し懐かしげにして雪を落としていった。
母さんも、同じことを思い出しているのかもしれない。子供の頃雪で遊んで家に帰れば、こんな風に母が雪を落としたこと。
それから俺の手を両手で包み込んで「寒かったね。早くあたたまろうね」とうちに入った。
今は、さすがにそこまではしないか。
時の残酷さとでもいうのか、霜を置いたような髪になりつつある母を見ながら、俺は母にきく。
「母さん、どうしたんだ?」
「帰る前に、これ渡そうと思って」
そういって母は、ポチ袋を出してきた。
「お年玉なら、初日に貰ったからいいよ。いくら初孫だからって、そんなに貰えないよ」
「これは、おまえのだよ」
「俺の?」
よく見ると随分昔のキャラクターもののポチ袋で、袋も真新しいものじゃなかった。
「孫が生まれたらね、一緒におまえにもちゃんと毎年返していこうと思って。今更だけどね」
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