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「ルイーズ」
いつまでも見送りから戻らない彼女を案じてか、ボディガードのジェスが邸宅から出て来た。
遠くでかすかに引き攣ったようなブレーキ音がしている。その直後、離れた場所でもうるさく感じられるほどの衝突音が響いて来た。
崖下に火柱が上がるのを眺めるジェスが何を考えているのかはわからない。完璧に計画を遂行し、おそらく満足しているであろう彼とは反対に、ルイーズは投げやりだった。
世界的人気女優であるルイーズの邪魔をする人間が消されるのは当然だ。しかし、こうもあっさりうまく行くとは思わなかった。ジェスがちょっとブレーキに細工をしただけなのだが。
おそらく古いミニクーパーは整備不良から事故を引き起こした、と警察は処理するであろう。そこにルイーズの影はない。全ては焼き尽くされ、ルイーズを追いかけてくる過去も消えた。今後も安心して女優活動をやっていけるだろう。
しかし、ルイーズが故郷近くに居を構えたのは、引退してひっそりと暮らすつもりだったからだ。引退後の生活にセオがいてくれるかもしれない、と考えたりもしたのだが、彼は過去を引きずりつつも、現在がやはり大事だったのだ。
わかっていたことだが、ずっとあの世まで秘密を共有してくれると思ったのは幻だった。なぜセオドアは『口止め料』などという、不用意な言葉を使ったりしたのだ。そんなことを言わなければ、今日はなんとしてでも引き止めて、ルイーズが用意するリムジンで送って行ってあげたのに……。
軽く絶望しているルイーズは、背後に立つジェスに尋ねてみる。
「ジェス、あなたはずっと私と一緒にいてくれるわよね?」
彼女のその言い方は、側からはやや不安げに聞こえるものだが、何十年と女優で生きて来たせいか、彼女自身どこまで本気なのか演技なのか、もはやわからなくなっていた。
ルイーズよりかなり歳下の恋人は、彼女の不安を解消してやるべく、そっと包み込むように背後から抱きしめた。
「もちろん、死ぬまでずっと一緒にいますよ」
その言葉を全て信じることはできないが、今だけは真実である気がしているルイーズであった。
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