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1章 アヤメ
§
竹林の奥にある池の畔で、漏れそうになる鳴咽を押し殺しながら少女が踞っていた。
「父上も母上も体面ばかり。私、誰にも嫁ぎたくなんかない…」
少女…菖蒲は本意でない縁談話に絶望し、見合いの席から『憚りに』と嘯いて逃げてきていた。
「あんな男に嫁ぐくらいなら死んでやる。みんな、みんな嫌いよっ。他人事と思って、バカにして…」
入水してやると息巻いてやってきた菖蒲だが、目先の湖は何とも言い難い深淵の色。
光が届かない深さがあるからこそ、暗い藍色に見えるのだと賢い菖蒲には解っている。
だからこそ、ひたひたと深い色を湛えて揺らぐ水面にすっかり怖じけづいてしまっていた。
これではダメだ。
意気地がないと、かくかく笑う膝と自らを叱咤しながら湖の畔まで来たはいいが震えが止まらず、立っていることもやっとだった。
ざわりと意味ありげに竹林を揺らす風、それ一つでさえも刻一刻と固めたはずの決意を削いでいく。
(どうすればいいのか解らない。もう、なにがなんだか…!)
菖蒲は遂に、昂る気持ちを抑えきれなくなって座り込んでしまった。
「ああ、やっぱり私にはムリだったのね…。縁談より何より、死を怖れている。なんて愚かなの」
将来の不安よりも死を怖れているなんて、とんだ笑い話ではないか。
進むわけにも、逃げる訳にもいかない。
ならば自分はどうすればいいのだろう。
ざわわ、ざわわと風までもが自分を責める。
「もう帰れない…」
行き場のない感情が溢れて、涙が渇いた地面にシミを作った。
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