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酔芙蓉
又あの家に行きたい、天女に会いたい、そう強く思い、父にせがみもしたが、父が僕をあの家に連れて行くことはなかった。
そのまま三年ほどが過ぎた。僕は中学生になり、あの日のことも思い出さなくなっていた。
師走も押し迫った頃、自分の部屋の扉を小さく叩くものがある。開けてみると、最近雇い入れたばかりの頬の赤い若い女中が立っていた。
「みつ。どうしたの」
「これを若様にって。外へお使いに行ったら男の人が渡すようにって」
そう言って差し出されたものを見ると、包んである紫色の袱紗には見覚えのある紋が金糸で小さく刺繍されていた。
「必ずひとりで見るようにって」
「うん。わかった」
僕は頷くと、自分の早い鼓動を聞きながら、その包みを握り締めた。
扉を閉めてから、ゆっくりと袱紗を開く。現れたのは三寸四方くらいの薄べったい小さな白木の小箱だった。蓋を開ける。中には綿が敷かれ、其の中に、五分くらいの紫色の何かがあった。僕はしげしげとそれを見つめた。切り口が乾いて縮まっていて、その先には灰白色の細長いものがついていた。
天女が琴爪を嵌めた姿が唐突に思い出された。
「きゃーーーーー」
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