天の羽衣

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 僕は点頭すると女の足元にいざりよって、左手の小指を差し出した。天女は、少し目を瞠ったが、すぐににこりと微笑むと、丁寧に両膝をついて僕と眼を合わせて、小指を絡めた。その柔らかさ。甘い香り。鬢付け油の匂い。僕を映す、吸い込まれそうな漆黒の瞳。かすかに首と頬にかかる息。息のかかったところが熱く、どきどきと脈打った。 「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます」 僕は声を張り上げた。天女は「約束え」とにこりと笑うと、再び背を向けて部屋から静かに出ていった。行灯の火がゆらぎ、四隅の影が大きく揺れた。  父は其の夜一晩戻ってこなかった。
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