酔芙蓉

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 僕は絶叫して、その箱を中身ごと放り出した。声を聞きつけた人たちが、父、母を先頭にして僕の部屋へ駆け込んできた。 「どうしたの、淳史(あつし)」 錯乱した僕は母に取り(すが)って泣きながら約束、約束、と喚き続けた。  床には放り出された小さな塊があった。日頃は闊達な父も、使用人たちもそれを遠巻きに見つめるだけで動かない。一言も発しない。全員が石になったかのようだった。  母はその様子をじっと見ていたが、僕を一度強く抱いてから、塊へ向かってゆっくりと歩いていった。それから顔色ひとつ変えずに投げ出された指をつまみ上げて、帯の間から手巾(はんかち)を取り出すと、其の上に置いてじっと眺め、 「ただの新粉細工(しんこざいく)ですよ。全盛(ぜんせ)の花魁というがつまらないことをする」 と誰にともなく言った。それから手巾で包んだそれを帯の間へ入れた。 「もう大丈夫ですよ。いったい誰がこんなものを持ってきたんだい?」 母が微笑みながら僕の顔を見つめた。その瞳のなかには、顔を歪めた僕がいて、その向こうには、以前みた天女の瞳と同じ、夜の底があった。 「知らない男がそこの窓から来て、ひとりで見ろって」 真っ青になってこちらを凝視しているみつが哀れで、苦し紛れの嘘をついたが、母は深く詮索もせず、     
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