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闇の中に浮き上がる色白で中高の顔。美しく弧を描く勝気をその端に表した眉、切れ長で涼しげに張った目、きりっと結ばれた鮮やかな朱色の唇。左右に分けて大きく張り出した髷、髷を飾るたくさんの飴色の長い簪。そして朱赤の地に肩口のあたりには大輪の金や紫の菊が、袖から裾にかけては緑青色と金色で孔雀が刺繍された目の覚めるほど色鮮やかで、裾に綿がたっぷりと入ったお引きずりの着物。前で大きく結ばれた帯。それにはこれ以上はできまいというほど精緻な刺繍で鯉の滝登りが描かれている。天女だ。僕はそう思った。
「ごめんなんし」
天女はそんな言葉を発しながら、つっと視線を巡らし、
「坊ちゃん、お退屈ね?」
そういって黒い瞳で僕を見つめた。僕は小さく頷いたかもしれない。
「無理もありいせん。どれ、わっちと遊びんしょうか」
と言ってにこりと笑った。白い小さな歯が光った。
天女は僕に背中を見せると襠(うちかけ)を肩から外してすとんと落とし、分厚い帯を中年の女に手伝わせて外した。それからこちらを向くと袖と身頃の色が違う長襦袢に桃色のしごきという姿で、長火鉢を挟んで、僕の正面にすっと腰を下ろして片膝を立てた。天女が動くたびによい匂いがした。中年は襠を預かって衣桁にかけ、天女に黒繻子の襟をかけた縞の部屋着を着せかけ、ひとつひとつ丁寧に簪を抜き取った。そんなにしたら天に帰れなくなってしまうのじゃないか、と僕は心配になった。
「坊ちゃんに何かお菓子でも。なければ買ってきなんし」
天女は中年の女におっとりと指図した。中年の女は黙って姿を消した。そうしてから天女は、先ほどよりは余程長く、僕の顔をその張りのある黒い瞳でじっと見つめて、
「お父さんに似ていしんすな」
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