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宵闇
あっという小さな叫び声と奇妙に乱調な琴の音が僕を現に引き戻した。
琴の一本の弦がふたつに切れてくるくると渦をまき、妻が左手をさすっている。切れた弦がかすったのだろう。妻がこちらをみた。
「ごめんなさいね。弦が切れちまいましたよ。随分と毛羽が立ってましたからね。そろそろ張替えどきですねえ」
そう言って、妻はぽろりと落ちた小指の先を拾って、赤く一筋腫れができている左手に嵌めて、何事もなかったかのように微笑んだ。
小さな地面に植えてある白い芙蓉の花が宵闇のなかでかすかに揺れた。
了
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